行先系統板の再利用法?
2006年3月10日
▲部品販売会で販売される行先系統板。
2001年10月21日 名鉄忠節駅にて
電車の行先を書いた板、「行先系統板」。電車の先頭に掲げ、その電車の行先を知らせるためのものです。
以前は多くの電車が使用していましたが、年々電照式の「方向幕」(フィルムの幕を使用した表示)を装備した車両が増え、行先系統板を使用する車両は数を減らしました。しかも最近ではその方向幕もLEDや液晶の表示装置へ取って代わられようとしています。
他の鉄道会社と比べ行先系統板を使う車両が多く残っていた名鉄においてもその数は減り、お目にかかる機会も少なくなってきています。瀬戸線でも1996年の3780系の全廃によって使用する車両は無くなっています。
行先系統板を使用する車両が少なくなるにつれ、使用後に鉄道ファン向けに流通する板の数も減り、部品販売会などでも高値で取引される貴重な品物になっています。
そんな貴重な行先系統板が、なんと線路沿いなどで見かける事ができます。いろいろな看板に再利用された姿で…。
それではその一例を紹介します。
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瀬戸市役所前7号踏切にあった看板。現存はしていません。 表面は職員さん(?)手書きの「止まれ」の絵。絵の柄はなかなかインパクトがあります。電車は6000系がモデルでしょうか。
1999年8月17日 瀬戸市役所前7号踏切にて |
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上の看板の裏側。「栄町」の文字が残っている。現場としては何の事はない再利用でしょうが、ファンの目から見れば何とも勿体無い…。
1999年8月17日 瀬戸市役所前7号踏切にて |
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新瀬戸駅にある車掌の停車位置確認用の目印。表側は黄色に塗られています。「喜多山」の行先系統板を半分に切って再利用。
2000年4月13日 新瀬戸駅にて |
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喜多山駅南側の駐車場に設置された「関係者以外の駐車禁止」の看板。明らかに行先系統板の再利用と分かる。
2004年8月25日 喜多山駅にて |
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裏側は「喜多山」の文字が残っている。切断されておらず、ほぼ原形を留めている。
2004年8月25日 喜多山駅にて |
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小幡〜瓢箪山間にある瓢箪山4号踏切に設置されていた看板。ちなみに後ろに写る建物は旧笠寺道駅駅舎です。サイズは小さめ、黄色のペンキが塗られていますが、上側に取っ手があり見覚えがある形をしています。
2002年9月4日 瓢箪山〜小幡間にて |
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よく見てみると「準」の文字が読み取れます。元は「準急」の種別板のようですね。
2002年9月4日 瓢箪山〜小幡間にて |
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矢田駅の上りホーム栄方に設置されている駅名の書かれた看板。恐らく誤通過防止を目的とした物でしょう。「田」の意味は矢田の駅名の「田」。ちなみに「矢」も瀬戸方に設置されています。
2003年4月25日 矢田駅にて |
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これは何と2002年4月10日に運転された尾張瀬戸駅総合改善事業竣工記念のヘッドーマークを再利用しています。もったいない…。
2003年4月25日 矢田駅にて |
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同様のヘッドマークの再利用は水野駅や森下駅でも見る事ができます。こちらは万博誘致をPRするもの。「旧」万博ロゴも懐かしいですね。
2003年9月13日 水野駅にて |
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瀬戸線の行先系統板の再利用先は瀬戸線内だけではありません。他線でも見かける事があります。写真は犬山線下小田井駅周辺に設置されていた看板。上書きされた看板の文字が消え、下地の「栄町」の文字が現れた状態です。
2000年4月13日 中小田井〜下小田井駅間にて |
▲方向幕が故障し、6650系に取付けられた行先系統板。
2004年12月14日 瀬戸市役所前〜尾張瀬戸駅間にて
このように色々な場所に再利用された行先系統板。もう使う事のない不用品の有効活用なんですが、切断されたりペンキを塗られたりした姿を見ると、何となく寂しさを感じてしまうのは私だけでしょうか?出来ればいつまでも電車の先頭を飾っていてほしいと思ってしまいます。
しかし現状で瀬戸線で行先系統板が登場するのは、方向幕故障時などに限られてしまい、お目にかかれる機会は滅多にありませんが…。
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